18世紀イギリスは小説の勃興期と呼ばれてきたが、最近の研究では、これと同時に「小説」から逸脱する様々な散文テクストが流通していたことが注目されている。Srinivas Aravamudanのように「オリエント」に注目する者もいれば、Jonathan Lambのように「モノ(things)」に注目する者、さらにはJack LynchやKate Lovemanのように「フェイク」に注目する者など、その傾向は様々である。
本授業では、この動向を意識しつつ、いわゆるゴシック・ロマンスとその周辺を再読する。
その際、次の3点に特に注意する。
1.18世紀的なリアリズムとゴシック・ロマンスの非リアリズムは、一見対峙するようで、実は相補的な関係をなし、19世紀のゴシック的要素を取り入れた小説(Dickensやthe Brontes)を準備していたのではないか。
2. ゴシック・ロマンスは、その内容と舞台設定から、現実離れした文学と見なされがちだが、実は深く政治に浸潤されたテクストではないか。この分野の創始者とされるHorace Walpoleは、18世紀のイギリス政界に20年以上君臨したRobert Walopleの息子であり、彼自身も政治家だった。舞台を中世に置いて、純粋に〈恐怖〉を描くことが、18世紀のイギリス社会において必然性があったのではないか。この問題意識から、より時代や舞台が現実的なWilliam Godwin(いうまでもなくラディカルな政治思想家)の"Caleb Williams"や、その娘のMary Shelleyによる"Frankenstein"を読むこともできよう。さらに、18世紀の文学は、しばしば〈伝統〉を創出というより捏造していたことにも注目すべきである。Thomas Chatterton, James Macphersonなど、未発見の古詩と偽って自作を発表し、評判になる書き手がいた。前出のWalpoleはChattertonの「発見」した作品の真贋論争に関係しているが、このような過去の捏造とイギリス(人)のアイデンティティーの模索という観点からも、ゴシック・ロマンスの政治性を考察することができるだろう。
3. 恐怖と女性の社会進出との関係にも注目する。ゴシック・ロマンスは、著者あるいは読者として(James Gillrayの版画"Tales of Wonder"参照)、女性が注目されたジャンルでもある。同じ18世紀のはじめには、やはり女性たちによる(フランス風)ロマンスが流行したが、この流れからゴシック・ロマンスを再考することも可能であろう。それにより、ヨーロッパの他国の文学とのつながり(ロマンス、ピカレスク)、女性がグローバルな文学状況のなかで果たした役割などを考察することもできるだろう。これは、18世紀文学史(デフォー、リチャードソン、フィールディング、スターン、スモレットを中心とする)における男性ヘゲモニーに異を唱えることにもつながるだろう。
1. イントロダクション
2-3. Edmund Burke, "A Philosophical Enquiry into the Sublime and Beautful"
4-6. William Godwin, "Caleb Williams"
7-9. Matthew Gregory Lewis, "The Monk"
10. Franco Moretti, "Signs Taken for Wonders" (抜粋pdf)
11-12. James Hogg, "The Private Memoirs and Confessions of a Justified Sinner"
13. まとめ
上記の3点に留意しつつ、ゴシック・ロマンスとその周辺、さらには研究論文を演習形式で読む。
授業での研究発表と最終レポートを評価する。
上記「授業計画」でpdf配布と明記されているもの以外は、Oxford World's Classics版を入手することが望ましい。 ただし、他の版の使用も許可する(例えばPenguinからは、"Otranto"と"Vathek"、さらに"Frankenstein"も収録した版が出ている)。 pdf配布のものは、itc-lmsにアップロードする。
David Punter "Literature of Terror." 小池滋『ゴシック小説をよむ』 Maggie Kilgour, "The Rise of the Gothic Novel." Markman Ellis, "The History of Gothic Fiction." James Watt, "Contesting the Gothic: Fiction, Genre and Cultural Conflict, 1764-1832." その他、授業内で指示する。
開講時に指示する。