苦難に耐え忍ぶヒロインの姿を描いた「グリゼルダの物語」は、ボッカッチョの『デカメロン』の最終話としてイタリア語で執筆され、その約20年後にペトラルカによって当時のlingua francaであるラテン語に翻訳されたことがきっかけとなり、ヨーロッパ全土に流布して多くの翻訳・翻案を生み出した物語である。本物語は、中世ヨーロッパの女性観を探るうえで重要な示唆を与えてくれるのみならず、解釈という営みそのものを主題化したメタフィクションとして読むこともできる。本授業では、14世紀末のイングランドで生まれた中英語版の「グリゼルダ物語」、すなわちジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』に収録された「学僧の物語」を精読しつつ、ジェンダー、翻訳、解釈といった問題をめぐる考察を深めたい。併せて、「グリゼルダの物語」が「ルネサンスの父」とも称されるペトラルカから「中世詩人」チョーサーへと受け継がれた事実に着目し、中世 / ルネサンスという時代区分の意義についても再考を試みたい。
初回の授業はイントロダクション。続く二週はチョーサー作品の典拠となったボッカッチョとペトラルカの作品を比較分析する。四週目以降はチョーサーの「学僧の物語」("The Clerk's Tale")の精読、および近年の批評の考察を中心に授業を進める。
受講者による訳読と口頭発表、およびディスカッションを中心とした演習形式の授業となる。
授業への参加態度、訳読や口頭発表の内容、および期末レポートの成績を基に総合的に評価する。
「学僧の物語」は The Riverside Chaucer に含まれるテクストを使用する。ボッカッチョとペトラルカの作品については邦訳や英訳を用いる。
授業中に指示する。
内容に関心があれば、中英語の知識が不足していても履修可能である。必要に応じて、中英語の文法や中英語詩の読み方について、教員が適宜解説を加える。