ヨーロッパ大陸の西に位置するちいさな島国イギリスがパクス・ブリタニカの旗印をかかげて世界の海と植民地を掌握しようとしていた時代、その西端のちいさな町が噴煙をあげながら工業化への道を猛進し、世界の工場イギリス帝国の土台を支えていくことになった。そこで生産された綿織物はインドや近隣アジア諸国を中心とした世界の市場を支配していく。
ヴィクトリア朝期を代表する作家エリザベス・ギャスケルは、そんな急変貌をとげていくマンチェスターを小説の舞台とすることで、いわゆる産業革命がひきおこした社会の変容とそこに生きる人びとの生活問題を赤裸々に提示した。それまでの文学作品では抑圧されることの多かった労働者や売春婦の悲惨な生活実態、産業資本家たちの富と自負と苦難、さらには都市の環境問題といった社会現象が彼女の小説にはつぶさに描かれている。国家の繁栄を保証するはずの産業化が生みだした社会悪を告発した目撃証言ともいえよう。もちろんそれはマルクスやエンゲルスたちが共産主義の立場から糾弾していくものではあるが、ギャスケルは彼らよりも先に、しかも女性の視点から、人びとの悩みと惨状を虚構として物語っていったのである。そこにはユニタリアン派牧師の妻としての強固な宗教的信条も宿っている。
この演習ではギャスケルの代表作『北と南』をとりあげ、そのなかにヴィクトリア朝期のイギリスが保持した活力と病理、栄耀と貧困、都市と牧歌の相克を読み解いていく。今から150年以上前にグローバル化の波にさらされていたマンチェスターは輸入する綿花の価格や国際競争に大きく左右され、人びとの生活も浮沈を繰り返す。イギリスの南部からやってきた主人公マーガレットの目を通して北の新興都市の状況が小説には描かれているが、そこから何を読みとることができるのだろう。ギャスケルの短編や同時代の作品・資料も参照しながらじっくりと考えてみたい。それは文学が持っているはずの社会的意味を問う行為でもあろう。
毎回課題となるテクスト(小説原文、英文批評、もしくは和文批評)を読み、分析をする。
発表担当者による該当箇所の分析をもとにしながら議論を深めていく。
ギャスケルの小説テクストについては、指定したエディションを使用するが、批評や短編など補足資料については教員が用意し、配布する。
第一回はギャスケルの伝記および19世紀半ばのマンチェスターについての都市文化を俯瞰する。
第二回はギャスケルの作風を考えるために短編を読む。
第三回以降はNorth and Southのテクストの重要箇所を中心にして読解と分析を試みることにする。
その途中で、トマス・カーライルやマルクス、エンゲルスなどの社会批評やチャールズ・ディケンズなど一九世紀社会の問題に関心を寄せた小説家の作品についてもカバーしながら、ギャスケルの小説の位置づけを考えていく。
第一回目の授業で詳細なシラバスを配布する。
授業計画に書いてある通り。
出席態度60%、発表10%、レポート(2回)30%
Elizabeth Gaskell, North and South (Penguin Classics) (1996) ISBN-13: 978-0140434248
第一回目の授業で参考文献表一覧を提示する。
きちんと予習をしてきてほしい。