バルタザールどこへ行く

バルタザールどこへ行く

 『バルタザールどこへ行く』(原題:Au Hasard Balthazar)という映画をご存知だろうか。ロベール・ブレッソン監督によって1966年に作られたフランス・スウェーデン合作のモノクロ映画で、最近DVDを入手して観ることができた。なぜこのDVDを観たいと思ったかといえば、この映画に他ならぬクロソウスキーが出演していると聞いていたからである。それも「ちょい役」などではなく、かなり重要な役で。

 クロソウスキーがどういう経緯でこの映画に出演することになったのか、このDVDの解説によると詳細は不明だそうだ。ブレッソンはカトリック映像作家として知られており、カトリックと縁の深いクロソウスキーとなんらかの関係はあったのかもしれないが、これだけでは有力な手掛かりとは言いがたい。このころのクロソウスキーの活動といえば、65年に『歓待の掟』や『バフォメット』が出版されているほか、67年には初の個展が開かれている(年譜参照)。いわばクロソウスキーの脂ののり切った時期だ。この映画をめぐる経緯について思いをめぐらしても大したものはでてこないが、68年のピエール・ズュッカ監督による映画『ロベルトは今夜』にクロソウスキー(とその妻ドニーズ)が主演していることを考えると、クロソウスキーがすでに俳優としての仕事にも並々ならぬ関心を抱いていたことが見て取れる(ちなみに、クロソウスキーはこれ以前にもルイ・マル監督の映画『鬼火』(1963)に、本屋の主人役で出演している。こちらはまさに「ちょい役」といってよく、一応確認したが出演場面は短いし台詞もない。うっかりしていると本人かどうか分からずに見過ごしてしまいそうだった)。

 クロソウスキーの役どころは、物語の後半で登場する、ロバのバルタザールをこき使う粉屋であるが、何を考えているか分からない偏屈な初老の男である。素人くさい演技がまた何ともいえず、またクロソウスキーその人と重ね合わせて観てしまう誘惑を禁じえないが、次第にこの役の重要性が分かってくる。この映画は、人間の私利私欲に翻弄されるバルタザールのまなざしがあまりにもの悲しく(最近身内にこの映画を見せたが、「何だかやましい気持ちになる」とのコメントだった。言い得て妙である)、無駄な説明を一切排した映像と静謐な音楽が絶妙に溶け合っている。ちなみにこの映画を通じて流れている音楽はシューベルトのピアノソナタD.959の第2楽章であるが、このソナタはシューベルトが晩年に一気に書いた3曲のピアノソナタの真ん中の1曲で、なかでもこの第2楽章は死を意識したとしか思えない寂寞感を湛えていて、これが実に映像にマッチしている。ミニシアターでもたまに上映されるようなので、機会があればぜひご覧になっていただきたい。


    ※ ところで「クロソウスキー」のスペリングはKlossowskiのはずだが、キャストのところを見るとKlossowskyとなっている。単なる誤記なのだろうか?

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