「学校における言語集団という視点ー中国帰国者の子弟を事例として」
博士課程 清田洋一

はじめに

 海外で生まれ育ち日本語を第二言語として学ぶ子供たちにとってそれぞれの母語と日本語は、情報の伝達という道具的な手段と同様にそれぞれが帰属する言語集団をあらわす象徴的な側面もある。日本語を第二言語として学ぶ子供たちにとって、学校での使用言語はもっとも明示的な差異となるので、時には「仲間」と「非仲間」とに分ける基準とさえなることもありえる。

 中国帰国者の子弟たちもそのほとんどは公立学校のいわゆる「受け入れ校」で教育を受けている。学校によって受け入れ人数の違いはあるが、これらの受け入れ校では中国帰国生徒は各学年に数名ずつの小集団として在籍している。つまり学校という一つの同じ教育環境で一般生徒の集団と帰国生徒の二種類の言語の集団が存在することになる。そしてこの一般生徒という多数派の集団と中国帰国生徒という少数派の集団の間に、個人の影響力を越えた集団同士の構造的な影響力が発生する可能性がある。 中国帰国生徒と言っても個人によってその中国語や日本語の習得状況や学業の達成度は大きく異なるので、それぞれの受け入れ校において個別指導の観点が重要なのは言うまでもない。しかし前述したように学校における言語集団という彼らの個人的なレベルを越えた要素はまだ十分に検討されているとは言えない。学校における帰国生の適応を望ましいものにするためには、彼らの適応に影響を与える要素を個々人の能力や努力といった枠のみでとらえるのでもなく、また単にステレオタイプ的に「早く日本語や日本文化に慣れるべき集団」の枠組みからとらえるのでもない見方が必要となる。

 本研究では学校における言語集団という視点を検討し、実際に中国帰国生徒を言語集団としてとらえるにはどのような観点に考慮すればよいのかを提示することを目標としている。

1学校における言語集団の理論的枠組み

 発達段階にある者の準拠集団に対する自己概念に関して梶田(一九八八)は、「周囲に対してはっきりとした自己規定を行う欲求を持つ」と述べている。さらにこのような欲求は「中途半端な位置にあって自らの真の所属や意味づけがはっきりしない」場合にさらに強まることを指摘し、「発達的にも社会的にも中途半端さを自覚せざるをえない青年期の若者に、また一つの社会の真のメンバーとして本当に受け入れられているどうかに疑問を持たざるをえない少数民族の人達などにこうした傾向が特に強く見られる(傍線筆者)」(p. 67)としている。

 中学や高等学校における中国帰国生徒の場合、年齢的な発達段階という意味でも、またその社会的状況に置いても前述の定義がまさにあてはまる。つまり彼らは基本的に自分たちの属する集団に対して意識的にならざるを得ない。その意味で受け入れ側は生徒個人の努力や能力の面だけではなく、学校内における帰国生徒と一般の日本生まれの生徒の集団同士の環境や影響力といった観点からも適応を考えていく必要がある。

 そして、学校という教育環境において上記のような発達段階にある帰国生徒や一般生徒の「自分たちの属する集団」を区別するもっとも明示的な要素が「言語」である。つまり「中国語の言語集団」と「日本語の言語集団」という視点が、彼らの学校の適応において重要な要素となっている。

 学校におけるこの言語集団という視点は次の2つの要素から考えていくことができる。一つは子供たちの学校における彼らを取り巻く人間関係という教育心理学的要素である。もう一つは学校における一般の日本生まれの子供たちの集団と日本語を母語としない子供たちの集団を多数派言語集団と少数派言語集団という視点から考える社会言語学的な要素である。

 (1) 教育心理学的要素

 蘭(一九八九)は子供の学習発達・自己概念の発達が重要な他者(両親、教師、仲間)からの評価を媒介とする、自己評価によって大きく影響するとしている。

 そして以下のような過程を通して自己を価値のあるものとして評価する自尊感情が高められ、この自尊感情がさらに高い学業達成を促すと考えられるとしている。

  • 重要な他者からの評価によって自己評価が修正され、自己概念が変化する段階
  • それによって学習課題に対する意志決定がなされ、学習行動が成立する段階
  • 学習課題が達成されることによって自己の役割や能力についての自己概念、自 に対する道具的価値や内発的価値を自覚する段階
  • その結果として、自己概念がさらに形成・変容する段階

 子供の自己概念を階層的にとらえた場合、一般的自己概念を頂点として、それを形成する要素として学業的、非学業的(社会的、感情的など)自己概念があり、さらにその下位領域として個別の要素(学業的:国語、数学など、非学業的:友人、重要な他者、身体的美しさ、身体的能力など)があるとしている。

 以上が蘭(一九八九)の提示した子供の自己概念のモデルであるが、帰国子女や中国残留孤児の子弟などの自己概念の形成期に大きな言語環境の変化を経験する者の場合は、これらの要素だけではその自己概念の形成要因を十分には説明できない。

 一般的に非学業的、特に社会的自己概念の場合、友達や教師など重要な他者からの評価がその形成に大きく影響すると考えられる。大きな言語環境の変化を経験しない一般の児童の場合は、その学業発達の要因を日本語という同一の言語発達の中でとらえることができるが、帰国生などの場合は言語環境は複雑なものとなり、その学業発達の要因に「・・語話者」という自己評価が加わる。つまり一般の日本生まれの生徒は日本語を母語としているので、特に自分が「・・語話者」であるという意識を持たないですむ。それに対して帰国生たちの場合は、特に社会的自己概念において、友達や教師などの重要な他者からの評価が「中国語話者として社会的自己概念」という枠を通して形成されることになる。例をあげれば学校において帰国生徒が何らかの理由で、自分が中国語話者であるがゆえに自己が正当に評価されていないと考えた場合、それが学業の発達や学校における適応の妨げの要因となる可能性もある。これは一つの学校内で日本語と別な言語という二言語が存在すること自体がその影響力を持つことになる。そして受け入れ校における帰国生徒たちを「言語集団」としてとらえる重要性もこの点にあると言える。

 (2) 社会言語学的要素

 第二言語習得についての先行研究においても自分の属する言語集団に対する評価の受けとめ方また、少数言語集団の目標言語集団に対する受けとめ方が目標言語の習得に影響するとされている(Giles & Byrne, 1982)。また、ある地域内で二言語を使用する社会はダイグロシア(二言語使用社会)と呼ばれるが、学校内という限られた空間に二つの言語が存在する時、その言語的状況は類似点が多い。特に多数派と少数派言語集団という力関係から見れば、高位の言語変種(日本語)と低位の言語変種(中国語)という関係になり、「両者の関係は中立的ではなく差別的となる」(Baker,1993)と指摘されている。

 学校環境の中で少数派言語である中国語は圧倒的に弱い立場であり、子供から大人への発達段階にある中国帰国生にとってそれまでの自己を形成してきた中国語環境とそれが象徴する中国文化が否定されると受け止めれば、逆に反発心から多数派である日本語やその象徴する日本文化を否定する態度を持つこともありうるだろう。

2 調査研究について

 中国帰国生徒の言語集団という視点を考察するために、東京都の都立高校の中国帰国生徒の受け入れ校において、言語使用状況やそれに関わる意識の変化の調査を行った。その概要は次の通りである。

(1)調査内容

  ・中国帰国生徒への質問紙調査

  ・中国語と日本語の基礎力テスト(語彙と読解テスト)

  ・受け入れ担当教員への質問紙調査

  ・中国帰国生徒への聞き取り調査

 以上の調査を1学年の2学期(一九九七年九月)と2学年の2学期(一九九八年十二月)の2回行い、その変化を調査した。

(2) 調査項目

 中国帰国生徒のような二言語使用者の適応状況や受け入れ環境を評価するためには、一般生徒と同じような教育評価の視点から、彼らの成績や生活態度を評価するだけでは十分とは言えない。特に二言語使用環境という観点からの評価を設定することが必要であると判断し、そのためにバイリンガル教育の評価のモデルを検討した。

 ベーカー(Baker,1993)はバイリンガル教育のモデルとして4分割の変数を提示している。それは生徒同士やまた生徒と教師との相互作用といった視点からの「プロセスの変数」、言語や文化の目標や学校の性質などの視点からの「コンテクストの変数」、教師や生徒の言語的熟達度や適性、態度、動機などの状況といった視点からの「インプットの変数」、そしてこの「インプットの変数」の到達度や態度の変化に焦点を当てる「アウトプット」の変数である。

 本調査ではこのうち「インプット、アウトプットの変数」を参考に、中国帰国生徒の中国語と日本語の熟達度や使用状況の変化、また社会文化的な態度の変化、対人関係への態度の変化、自己意識の変化などを調査項目を設定した。各質問項目は以下の通りである。

 社会的帰属意識の変化

 ・自分または中国の人々日本社会に対する好感度

 ・自分または日本の人々の中国社会に対する好感度

 肯定的な自己意識の変化

 ・自信を持って人の相談に乗れる

 ・素直に感情を表現できる

 ・学習意欲

 ・将来への意欲

 ・日本生まれの友人の自分への評価と親密度

 ・自分の日本生まれの友人への評価と親密度

 ・教師の自分の成績と将来への期待度

 ・学校の楽しさ

 言語集団の変化

 ・休み時間を過ごす相手

 中国語に対する象徴的意識の変化

 ・将来の自分の子供が中国語を話すこと

 使用言語の変化

 ・中国語と日本語の熟達度

 ・話しかけられる言語および自分が使用する言語

 以上の項目に在日年数と中国語と日本語の基礎力をはかる語彙と読解テストのデータをさらに付け加えた。それぞれのテストは中国語は中国語運用能力検定試験の初中級、日本語は日本語能力試験の二級の語彙と読解問題を参考にした。

 (3) 調査対象

 現在都立高校の中国帰国生徒の受け入れ校は十二校あり、今回の被験者はそのうちの五校に在籍する中国帰国生徒三十二人(女子二十一、男子十一人)である。全員、一九九七年の第一回目の調査時点で帰国枠の入試で入学し、1学年に在籍していた(入学時における都立高校の受け入れ校の新入生の総数は七十八名)。

 年齢は十五才から十九才までで、全体の比率は次の通りである。十五才(二人、六%)、十六才(十二人、三十八%)、十七才(九人、二十八%)、十八才(七人、二十二%)、十九才(六%)。

 在日年数は調査時点で一年から七年の幅があり(六ヶ月以上は切り上げ)、全体の比率は以下の通りである。一年(八人、二十五%)、二年(七人、二十二%)、三年(四人、十三%)、四年(四人、十三%)、五年(五人、十五%)、六年(二人、六%)、七年(二人、六%)。

 今回の調査を行った学校はいずれも各学年十人の受け入れ枠を持つ受け入れ校である。カリキュラム上の注意点として、取り出し授業は主に国語と英語の科目で全校で行われている。また一般の教諭が帰国生徒担当となるなど、受け入れ環境はほぼ同条件と判断できる。

 第1回目では三十九人の被験者がいたが、2回目の時点で退学をするなど調査ができないものは第1回目のデータからも除外した。

 

3  調査結果

 最初に全体的な変化を見るために、相手別と状況別の中国語と日本語の使い分けの結果と各質問項目の変化について報告する。次に各質問項目同士の相関の変化を見る。(1) 相手別と状況別の言語使用の変化

 中国帰国生徒は言語能力の差はあるにせよ、それぞれ相手や状況によって中国語と日本語を使い分けている。「いつも中国語」から「いつも日本語」まで1から5段階の評価とした。「相手」の項目は父、母、兄弟、学校の帰国生の友人、学校の日本生まれの友人、教師である。父、母が第1回目と2回目ともに1.5ポイントと低いままであるに対し、兄弟では2.6から3.2へとふえている。両親とは中国語を多く使用し、兄弟間では日本語使用が増加している状況がわかる。その他は以下の通りである。学校の帰国生徒(2.5→2.3)、学校の日本生まれの生徒(4.9→4.7)、教師(4.5→4.7)。

 状況別では「とても驚いた時(2.8→3.3)」「テレビを見る時(3.5→4.0)」において

日本語の使用がそれぞれ増加し、「新聞、雑誌を読む時(3.6)」が横這いとなっているのに対し、「CDなどを聞く時(3.3→3.0)」「歌をうたう時(3.3→3.0)」「買い物をする時(4.5→4.0)」の中国語使用が増えている。

 親と兄弟間の日本語使用の使い分けは世代を経るにつれて、日本語が増える傾向を示している。それに対して「音楽」といった自分の趣味に関わるような場面での中国語の使用が増加していることは注意すべき点であろう。

(2)各質問項目の変化

 各質問はそれぞれ5段階の尺度で答える形式になっている。(例:「強う思う〜全く思わない」、「とても好き〜とても嫌い」など)

 ・ 社会的帰属意識の変化

 言語集団への帰属意識を測る要素として、中国と日本社会それぞれへの好感度を質問した。「日本社会への好感度」は自分(3.44→3.27)、中国の人々(3.22→3.1)ともに減っている。また「日本の人々の中国社会への好感度」も減っている(3.22→3.13)。しかし、「自分の中国社会への好感度」は高いポイントを維持している(3.81→3.89)。 「日本、中国社会への好感度」という意識も象徴的なものであろう。その意味で中国社会への愛着を保っていることは、彼らの帰属意識を考える上で重要と言える。

 ・ 自己意識の変化

 帰国生徒の学校での適応度を測るために、それぞれがどれだけ肯定的な自己意識を持っているのかを質問した。

 「自信を持って相談にのれる」は(3.0→3.29)、「気持ちを素直に表現できる」は(3.5→3.61)とそれぞれポイントが上昇した。また「学習に取り組む意欲」は(3.34→3.38)、「将来への意欲」は(4.09→4.12)とやや上昇している。また一般の日本生まれの生徒からの評価と親密度をどのようにとらえているのかを問う質問では、「日本の友人の自分への評価」は(3.34→3.51)と上昇し、「日本の友人の自分への親密度」は(3.38→3.35)はやや下がり気味な傾向となっている。

 日本生まれの友人および教師への態度を測る質問として、「自分の日本人の友人への評価」は上昇しているのに対し(3.13→3.25)、「日本生まれの友人と仲良くしたいか」を問う質問は下がっている(4.09→3.77)。これは入学学年という「学校に対する期待が高い時期」(もともと4.09と高かった)を考慮すればある程度の減少は予想できる。また下がってはいるが、他の項目に比べても3.77と比較的高めのポイントを維持している。

 「教師の自分の成績への期待(3.91→3.8)」と、「教師の自分の将来への期待(3.69→3.67)」はやや下がっている。これらも下がり気味ではあるが、まだ比較的高めのポイントと言える。

 「学校が楽しい」という設問は、そのポイントが下がっている(3.69→3.46)。ただ一般の生徒も入学時から学年を経るにつれて「楽しさ」は下がる傾向がある。

 以上の結果を自己評価や対人態度などの点から総合的に考えれば、いくつか下降気味なものの、中国帰国生徒が全体的には肯定的な自己意識を保っていると判断できる。

 ・ 言語集団の変化

 「休み時間を過ごす相手」は授業とはちがい自分でその仲間を選ぶことから、ある程度所属する言語集団が特定できると判断した。1年時より2年時の方がより中国帰国生同士で集まっている傾向が見られること(3.75→3.83)は興味深いことである。ほとんどの受け入れ校では中国帰国生徒が休み時間に集まったり、取り出し授業に使う「特別教室」を用意しているが、その場が一般の生徒に気兼ねなく中国語を使える場となっている。

 ・ 中国語に対する象徴的な意識の変化

 中国語に対する象徴的な態度をみるために、「将来自分の子が中国語を話すことを期待する」かどうかをたずねた。第1回目も高いポイントであったのがさらに上昇し(3.91→4.09)、・の中国社会への好感度と同様に、中国語に関する象徴的な意識もかなり高いものを持ち続けていることがわかる。日本の学校や社会に適応しようとする中で、逆に象徴的に「中国的なもの」を意識する時があるのかもしれない。

(3)各質問項目の相関

 各質問項目に「在日年数」「中国語と日本語テスト」「話しかけられる言語」「自分の使用言語」の項目を加え、多変量解析の単相関分析を使って、それぞれの項目がどのように相関し合うのかを調べた。本研究では帰国生の学校における言語集団という視点を考察するというテーマでからその項目を設定したが、それらの項目がどのように関連し合うのかを見ることにより、彼らの言語集団という要素をさらに特定化できると判断した。

 まず第1回目と第2回目ともに相関のあったものを報告し、さらに第2回目の調査で新たに相関が見られたものを報告する。報告するものは0・三以上の相関で五%以上の有意差が認められたものである。負の相関にはその旨記し、未記入はすべて正の相関である。

 第1回目と第2回目ともに相関のあったものは以下の通りである。

 ・「 在日期間」との相関

 「在日年数」と相関を認められたのは「中国語テスト(負の相関)」「日本語テスト」「休み時間を過ごす相手」「自分の使用言語(ポイントの多いほど日本語が増加)」の4項目である。この相関から考えられることは在日年数が長くなるほど中国語の能力が減り、逆に日本語の能力が増しているということであるが、これは帰国生徒たちが一つの言語が増えると一つが消える、いわゆる削減的バイリンガルの傾向があることを示している。また休み時間を過ごす相手が在日年数が高いほど日本生まれの友人と多く過ごしている傾向もその状況を示していると言える。

 ・「 日本人の友人への評価」との相関

 「自分の日本生まれの友人への評価」と相関が認められたのは、「学校の楽しさ」である。学校において多数派集団である日本生まれの友人たちへの肯定的な態度が帰国生の学校での 「楽しさ」につながっている傾向を示している。彼らの学校における適応の要素として、日本生まれの級友たちとの関係の重要さを示していると言える。

 ・「 日本人の友人への親密度」との相関

 「自分の日本生まれの友人への親密度」と相関が認められたものは、「将来への意欲」である。・と同様に学校における多数派集団である日本生まれの級友たちに対する肯定的な態度を持つことが、帰国生の「意欲」へと何らかの結びつきを持つことは興味深い点と言える。

 ・ 「将来の子供の中国語使用」との相関

 「将来の子供が中国語を話すことを望むか」という設問と相関が見られたのは、「将来の意欲」である。母語である中国語への肯定的な態度と「将来への意欲」との関連性は、母語の情緒的影響力を考える上で興味深いものである。

 次に第2回目の調査において相関が見られたものを報告する。これらの項目は学校生活において影響を受けて、相関が生まれたものと考えられる。

 ・ 在日期間との相関

 「在日期間」と相関が見られたのは「自分の中国社会への好感度」である。これは負の相関となっており、在日期間が長さが中国社会への好感度の減少につながることを示している。ただ前述したように項目間の中でのポイント自体は高いものとなっている。

 ・ 中国語テストとの相関

 「中国語テスト」と相関が見られたのは「自分の中国社会への好感度」、「日本生まれの友人の自分への親密度(負の相関)」「自分の日本人の友人への親密度(負の相関)」の3項目である。「中国社会への好感度」が中国語能力と相関を示したのは、彼らの中国社会に対する象徴的な態度が実際に言語能力と関連するを示してる。また「日本生まれの友人」との親密度が高くなるものが中国語の能力を減じている傾向を示したことは、日本生まれの友達とのつきあいが日本語使用の増加につながり、その分中国語の使用が減っているためと考えられる。これは・の日本語のテストとの相関でもある程度裏付けられる。

 ・ 日本語テストとの相関

 日本語テストとの相関では、「休み時間を過ごす相手(負の相関)」「使用言語」の2つに有意差が見られる。つまり休み時間の相手が一般の日本生まれの友人と過ごすことの多い者と自分の使用言語が日本語が多いものが日本語テストの結果が良い傾向があった。

 休み時間を過ごす相手から帰国生徒の言語集団の帰属をある程度判断することができるが、この結果から日本語能力が高くなることが日本生まれの友人たちへの集団に接近につながる傾向がわかる。

 ・ 自分の日本社会への好感度との相関

 この項目は「学校が楽しい」との相関を示していた。これはむしろ学校が楽しいと思えることが日本社会を好意的にとらえることにつながっているのであろう。

考察と結論

 まず各項目別の注意すべき結果は次の3点である。

 ・「中国社会への好感度」が高いまま維持されている

 ・「将来の子供が中国語を使うこと」を強く支持している

 ・一般の日本人生徒や教師からの自己評価を肯定的にとらえようとしている

 また各項目同士の相関からは次のような結果が見られた。

  • 在日年数と日本語及び中国語のテストの相関から削減的バイリンガルの傾向が見られる
  • 一般の日本人生徒への評価が「学校の楽しさ」につながり、また彼らに対する親密度が 「将来への意欲」と関連している
  • 一般の日本生まれの友人への親密度が増すことが中国語の能力の減少につながっている
  • 休み時間を過ごす相手として一般の日本生まれの生徒が多くなることが日本語能力の伸 長につながっている

 これらの結果から考えられるのは、中国帰国生徒たちにとって日本語使用が増えることが中国語使用の減少へとつながる、いわゆる削減的バイリンガルの傾向となっていることである。そして日本語使用の増減は彼らが学校において一般の日本人の友人とのつきあいの状況に大きく影響を受けている点も重要である。

 また一般の日本人生徒からの評価を肯定的に受けとめようとする態度がみられ、それがそれぞれの学校での充実度につながっている傾向は、彼らが多数派集団である一般の日本人生徒たちの中で何とか肯定的な自己概念を保っていこうとしている姿勢のあらわれであろう。しかしそのような姿勢が逆に帰国生のグループからの離脱やその結果として中国語の能力の減少を招いている傾向も見られた。

 彼らは言語環境的に削減的なバイリンガルの傾向にあると言えるが、これは単に中国語使用から日本語使用に移行することを意味するのではない。その過程において中国語話者集団から日本語話者集団への移行という状況が生まれている。

 そして重要なのはこの集団間の移行過程において、帰国生の意識が二つの言語集団に影響を受けて変化するという点である。休み時間を過ごす相手が帰国生同士のポイントが増えていたことも、この移行時期において一時的に学校という場で「中国語話者集団」に避難したり、回帰していることを示している。また中国社会や中国語への象徴的な意識の高さを持ち続けていることもわかった。一方で一般の日本生まれの生徒からの評価や教師からの期待を肯定的に受け止めていることは、このような「中国語話者集団」的な意識は排他的なものではなく、肯定的な自己概念を保つために、ある程度必要な意識となっていると言えるのではないだろうか。

 このような点を考慮すれば、受け入れ側は帰国生徒の言語集団という要素をそれぞれの学校における三年間の在籍期間という狭い期間から考えるのではなく、帰国生の発達段階全体における一時期としてとらえる必要があるだろう。

参考文献

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