東京大学大学院総合文化研究科

言語情報科学専攻

Language and Information Sciences, University of Tokyo

東京大学大学院総合文化研究科

言語情報科学専攻

〒153-8902 東京都目黒区駒場3-8-1

TEL: 03-5454-6376

FAX: 03-5454-4329

原典講読特殊演習(8)[言語態・テクスト文化論コース](ヴィクトリア朝の小説と社会ーージョージ・エリオット『アダム・ビード』を精読する)

  • 科目コード: 08C161308
  • 開講学期: S1S2
  • 曜限: 木曜2限 Thu 2nd
  • 教室: 駒場8号館 8-321
  • 単位数: 2
  • 担当教員: 大石 和欣

授業の目標・概要

この授業はジョージ・エリオット(George Eliot, 1819-1880)が書いた小説『アダム・ビード』(Adam Bede, 1859年)を精読しながら、19世紀末のイギリス社会、とりわけ農村共同体を構成する民衆について、風俗・習慣、文化から宗教までの多角的視点から考察を深めていくことを目的としています。  19世紀の代表的「リアリズム」小説としてみなされる『アダム・ビード』ですが、語りや構成には「リアリズム」では片づかない問題も含まれています。それらを確認しながら、19世紀における農村社会の問題がどのようなものであり、小説という媒体がそれをどう描き、それがどういう意義を持つのかを考えていきます。 主人公の一人である大工のアダム・ビードは、農場ではたらく美人のヘティ・ソレルを愛し、婚約までしますが、ヘティは地主の息子アーサー・ドニソーンと肉体関係を持ち、子供を宿してしまいます。陸軍へ戻ったアーサーを追って村を出たヘティですが、アーサーにも会えず、また村に帰還することもできず、そのまま旅先で子供を出産し、戸外に置き去りにします。結局、子供殺しの罪でヘティは捉えられ、死罪を申し渡されます。処刑を待つヘティを慰めるのは従姉でもあり、メソディズムの説教師でもあったダイナ・モリスでした。処刑が行われる直前に、それを聞きつけたアーサーが罪の軽減を働きかけ、ヘティは流刑に処せられることになります。一方、アダムはダイナに惹かれはじめ、二人は結婚することになります。  ごく普通の地方の庶民生活を描写するなかに、19世紀半ばのイギリスの農村、そして社会全体が抱えていたさまざまな問題が包摂されています。農村共同体の姿、彼らの生活環境、階級問題、教育の問題、都市と田園の相互依存と対立、宗教のあり方、言語の問題、さらには女性の問題が大きくとりあげられています。同時代の人びとにとって、この小説は技巧的にも、テーマとしても、斬新なものでした。ロマン派詩人ウィリアム・ワーズワスの影響も色濃く残されています。それらを小説を細かく区切って、精読しながら考えていきたいと思います。  授業では毎回30頁ほどを読み、授業では課題箇所についての議論を中心にしながら、教員の捕捉説明や学生同士の討論を通して作品の理解を深めていきます。授業での出席や発言・態度および発表と学期末の小論文を主な成績の基準とします。

授業のキーワード

授業計画

第1回 序
 ジョージ・エリオットについての概論および『アダム・ビード』の概要および解釈の要点を説明。参考文献についての解説。
第2回 ビード家の男たち
  アダムとセスの兄弟に焦点を当て、彼らの生活や習慣、また言語について考えてみます。
第3回 ダイナ・モリスと宗教
メソディズムとは何かを考えながら、ダイナ・モリスをとりあげ、女性と宗教の問題について考えてみます。
第4回 ヘティ・ソレルと農村共同体
  19世紀半ばの農村共同体について考えながら、ヘティ・ソレルを位置づけてみます。ヘティを描く道徳的価値観だけではなく、教育の問題、その言語表象についても考えてみます。
第5回 アーサー・ドニソーンが表象するもの
 アーサー・ドニソーンは典型的な地主の息子として描かれていますが、それはリアリズムの技法と矛盾しないかどうか、吟味してみます。
第6回 漂流する女性たち
 アーサーを追いかけたヘティは、彼に会うことも叶わず、ヘイスロープの村に帰ることもできなくなり、子供を出産します。こうした状況はこの時代においてけっして稀だったものではありません。ヘティが直面した状況を、同時代の言説や文学作品と照合しながら考えてみます。
第7回 法と秩序
 子供殺しの罪で捕らえられたヘティ・ソレルは、死罪を申し渡されます。この時代の法律が農村社会の秩序と規律をどのように規定していたのかを考えながら、小説のなかで「法」という権力がどのように捉えられ、それがどのような意味を持つのか検証してみます。
第8回 批評1(虚構と社会)
 『アダム・ビード』に関わる同時代や現代の批評の代表的事例をとりあげ、精読しながら、文学を論じるというのはどういうことかを考えてみます。
第9回 批評2(リアリズム)
 『アダム・ビード』は19世紀リアリズム小説の代表的事例としてとりあげられますが、リアリズム小説とは何かを19世紀小説全体の枠組みのなかで考えながら、『アダム・ビード』を位置づけます。
第10回 告白と慰め−言語の問題
ヘティの告白とダイナの慰めに焦点を当てながら、それぞれの「言語」について考察していきます。「他者」に語ることの意味とコミュニケーション、また意識との関係性について考えてみます。
第11回 信仰と愛
ダイナはアダムへの愛と信仰との両立に疑念を抱き、後者を選ぼうとします。それを描くことで、ジョージ・エリオットが浮かび上がらせようとしたものは何だったのでしょうか。エリオットの宗教観を俯瞰しながら、同時代の宗教的問題も考えてみます。
第12回 批評3(言語)
 『アダム・ビード』は農村に住む人びとを描きながら、彼らの会話についても「リアル」に浮かび上がらせようとした野心作です。しかし、その限界も指摘されています。小説と言語について焦点を当てて、批評を読んでみたいと思います。
第13回 批評4(物語論)
ナラティヴとして『アダム・ビード』には、さまざまな問題と限界が指摘されています。教条主義的な語り手の介入やヘティ・ソレルの処刑の軽減、アダムとダイナの結婚など、リアリズム小説にはそぐわない要素も付加されています。それを中心にして物語論としてこの小説を精査してみます。

授業の方法

授業では毎回30頁ほどを読み、授業では課題箇所についての議論を中心にしながら、教員の捕捉説明や学生同士の討論を通して作品の理解を深めていきます。授業での出席や発言・態度および発表と学期末の小論文を主な成績の基準とします。

成績評価方法

毎回の出席(欠席・未提出の場合は5点減)60%、発表20%, 学期末の小論文1回20%

教科書

George Eliot, Adam Bede, ed. Carol A. Martin (Oxford: Oxford UP, 2008). ISBN 978-0199203475

参考書

授業内で提示します。

履修上の注意

 毎回読む範囲がやや長いですが、英文は比較的読みやすいものです。ところどころ地方の方言や農村に関する聞きなれない表現も出てきますが、要点をきちんと押さえて毎回の課題範囲を読んで、知的でありながら力強さのあるエリオットの文章と筋立てを味わってもらえればと思います。その上で、歴史的、文化的な事象を把握していければと思います。履修者みんなでのディスカッションも大いにしたいと思いますので、積極的な参加と履修をお願いします。
教科書は事前に生協や一般の書店、アマゾンなどで購入しておいてください。最初の授業から解説を始めます。