この授業ではヴィクトリア朝小説について、研究アプローチとしてどのようなものがありうるのか、またその有効性を関連する小説を実際に読みながら考える演習です。
ヴィクトリア朝といえば、ディケンズやブロンテ姉妹、ジョージ・エリオット、トロロープ、ギッシングやワイルドなど著名な小説家の作品が多数あり、またそれ以外にも無数の小説が等閑視されたまま埋没している時代です。それらを二十一世紀という時代にどう読めばいいのでしょうか。これまでの研究を踏まえながら、十九世紀小説を読む視点と方向性を、フランシス・オゴーマン編『ヴィクトリア朝小説への手引き』に所収された論文を精読しながら、確認・吟味していきます。階級という社会構造は常に19世紀のイギリス社会につきまとうテーマですが、近年では不可欠のテーマとなっている「帝国」といった枠組み、あるいは「法」や「心理」に関わる問題が、ヴィクトリア朝小説を研究するうえで、どのように扱われてきたか、そして課題としてはどのようなものがあるのか、それぞれの論文を読みながら考えていきます。また、「視覚」や「物質文化」といった新しい視点がどのようにヴィクトリア朝小説を読み直すことにつながるのかについても、考察してみます。
各論文を二回に分けて丁寧に読み、具体的な事例としてあげられている小説を実際に読みながら、解釈の有効性とより深い分析の可能性を探っていきます。研究アプローチの方法として、どのような視点や分析が可能なのか、基本的な手法を身につけつつ、議論の仕方についても考察していきます。
第1回 帝国の陰影 – これまでの研究を俯瞰する
ヴィクトリア朝小説を読解する際に、もはや帝国主義の枠組みは無視できないものですが、はたして「帝国」という概念と実態はどのような展望をヴィクトリア朝小説研究に与えるのでしょうか。これまでの研究の実態を俯瞰しつつ、その可能性を考えます。
第2回 帝国の陰影 —— ポスト・コロニアリズムは何を変えたか
いわゆるポスト・コロニアリズムはヴィクトリア朝小説の読み方をどう変えたといえるのでしょうか。それを中心にしながら、ヴィクトリア朝小説への新たなアプローチを考えてみます。
第3回 視覚という視点 —— 見えるものと語り
19世紀のイギリスは写真や絵画、パノラマなど、視覚に関わる媒体や芸術が発展し、社会の広範囲にわたって浸透した時代です。それを受けて小説の語りも変化していきます。その様子をケイト・フリントの議論を参考にしながら、俯瞰してみます。
第4回 視覚という視点 —— リアリズム小説は何を語るか
ヴィクトリア朝小説を論じる際には、どの代表的技法として「リアリズム」があげられます。「リアリズム」とはどのような語りとして定義できるのでしょうか。また、それは何を語っているのでしょうか。代表的な事例を参考にしながら考えてみます。
第5回 階級という境界 —— 社会構造として
ヴィクトリア朝の社会を俯瞰するときに「階級」という問題は無視できません。それはいったいどのようなものであり、小説を解釈・分析する際に何が問題になるのでしょうか。ジェイムズ・エリ・アダムズの議論をもとにして、俯瞰的に考察してみます。
第6回 階級という境界 —— あいまいな社会空間
階級はかならずしも固定されたものではなく、つねに変動していくものです。その境界はあいまいなであり、ヴィクトリア朝小説のなかでも人びとはそのあいまいさゆえに苦しみ、抑圧を感じる一方で、移動していくことも可能です。代表的な事例を参考にしながら考えてみます。
第7回 法律というしがらみと主体
私たちはつい忘れがちですが、日常生活は背後で法によって保護され、また規制されています。ヴィクトリア朝時代の社会生活もまた同様です。小説のなかでそうした生活と法はどのように描かれているのでしょうか。また法は「主体」をどのように規定しているのでしょうか。クレア・プティットの議論をもとにして、俯瞰的に考えてみます。
第8回 法と言語活動
法が主体を規定しているのであれば、その言語活動もまた法によって規定されていることになります。ヴィクトリア朝小説の語りは、法とどのような関係を持っていると言えるのでしょうか。代表的な事例を参考にしながら考えてみます。
第9回 心理学の誕生
ヴィクトリア朝は心理学が誕生し、芽生えた時代です。この時代の小説において心理や意識はどのように描かれているのでしょうか。ニコラス・デイムズの議論をもとにして、俯瞰的に考察してみます。
第10回 心理と意識と語り
意識や心理はヴィクトリア朝小説の語りとどのような関係を持っているのでしょうか。ウルフが創出した「意識の流れ」のような手法の先駆的事例は、ヴィクトリア朝小説にはみられないのでしょうか。具体的な事例を参考にしながら考えてみます。
第11回 物質文化と文学
産業革命や消費文化を通して、ヴィクトリア朝は「モノ」が日常世界に溢れ出した時代です。それらがこの時代の小説にどのように反映されているかをマーク・W・ターナーの議論をもとにして、俯瞰的に考えてみます。
第12回 物質論的転回と語り
物質文化の浸透は、「モノ」を通して歴史を考える「物質論的転回」を歴史学において可能にしました。「モノ」と語りの関係を、具体的な事例を参考にしながら考えてみます。
第13回 詩と散文
ヴィクトリア朝は小説だけの時代ではありません。ヴィクトリア朝の詩とその意義を、俯瞰的に考えてみます。
各論文を二回に分けて丁寧に読み、具体的な事例としてあげられている小説を実際に読みながら、解釈の有効性とより深い分析の可能性を探っていきます。研究アプローチの方法として、どのような視点や分析が可能なのか、基本的な手法を身につけつつ、議論の仕方についても考察していきます。 それぞれの回では履修者による発表をもとに議論を展開していきます。
成績評価方法 毎回のコメント(欠席・未提出の場合は5点減)60%、発表20%、最終レポート20%。
Francis O’Gorman (ed.), A Concise Companion to the Victorian Novel (Oxford: Blackwell, 2005). ISBN 9781405103206 高額なので購入する必要はない。図書館の本を利用して授業は行う。
授業内で提示します。
毎回の出席を強く求めます。