この授業では,諸言語の音韻体系の類型論をテーマとして,音韻に関する類型がどのように構成されるかの一側面を探求する。諸言語の音韻類型といっても,音素目録の類型や音節構造の類型,アクセントや音調を含むプロソディの類型などいろいろある。しかし,「ある言語がどのような構造を嫌うのか」「どのような避け方をするのか」という観点から見ると,音素目録も音節もプロソディも,観察される類型がなぜそうあるのかについての一貫した原理が姿を現してくる。そうした原理の一側面に光を当てるのがこの授業の目標である。
ここでは音素配列(phonotactics),特に「鼻音+子音」という構造に焦点を置いた諸言語の類型を扱う。一般に「鼻音+無声子音」は通言語的にとても嫌われるところがあり,音素の組み合わせや形態素の付加などによってこれが出てくると,様々な方法でこれを避けようとする音韻過程が観察され,一定の類型を構成することになる。
そこで,まずは, 1)どのような類型が存在するのかについての事実観察や,2)なぜ(他ではなく)そのような類型が可能なのかについての理論分析,および,3)そもそもどのような基盤で「鼻音+無声子音」が嫌われるのかなどを理解すべく,Pater (1999)を紐解くことで受講者と共有する。この論文は最適性理論の発展に寄与した金字塔の1つと数えられている。なので,理論分析の際には,最適性理論の手解きも行いつつ,なぜこの枠組みでなければならないかの必然性を追体験する。
次に,応用的な問題として,4)本当にそのような理論分析でよいのか,5)日本語もこの構造は嫌うが,果たして提案される事実観察と理論分析でよいのか,などの批判的検討も行いたい。余裕があれば,Pater (2001)も扱う。
授業の進め方は,最初のうちは教員が講義形式で進めていくが,慣れて来たところで受講者による演習形式(分担による発表形式)を採用し,セクションごとの流れやポイントを内容紹介してもらいながら,質疑応答する形で進めていく。授業計画で言及した「批判的検討」は教員が用意するプリントなどに基づいて行う。
評価は,出席や発言など授業への積極性50%,演習(発表)50%として総合的に行なう。
まずは下記論文をダウンロード/コピーして入手し,最初の授業日に持参すること。
Pater, Joe (1999) “Austronesian Nasal Substitution and Other *NC Effects,” in René Kager, Harry van der Hulst, and Wim Zonneveld (eds.), The Prosody Morphology Interface, 310-343. Cambridge: Cambridge University Press.
余裕があれば,下記論文も授業で扱いたい。
Pater, Joe (2001) “Austronesian Nasal Substitution Revisited,” in Linda Lombardi (ed.), Segmental Phonology in Optimality Theory, 159-182. Cambridge: Cambridge University Press.