ソポクレスの『アンティゴネー』は、ヘーゲルからハイデガー、ラカン、バトラーなどの思想家にインスピレーションを与え、またヘルダーリンによる翻訳、コクトー、アヌイ、ブレヒト、ヒーニーによる翻案、さらにはストローブ=ユイレによる映画など、さまざまな形で継承され、変容されてきた。2016年にスラヴォイ・ジジェクが新しい翻案を刊行したことからも、この劇の問うている問題が現代においても意義をもつことが分かるだろう。
先ほど「継承され、変容されてきた」と記したが、『アンティゴネー』は決して超時代的な真理を語る古典ではなく、各時代で切迫した政治的・倫理的課題を考察するための素材として、さまざまな改変を与えられてきた。本演習では、この事実に鑑み、現在『アンティゴネー』を読み返す意味を問うことを重視して授業を進めるつもりである。約2500年にわたる『アンティゴネー』の変貌を追いながら、近代の亡霊のごとき国家の影に悩まされる現代世界の課題にいかに応用できるのかを考えることが、本演習の目的である。トピックとしては、人倫と国家道徳、精神分析と法、ジェンダーと血縁関係、翻案と世界文学、追悼とナショナリズム、市民的不服従の問題などが話し合われることになるだろう。
前半はソポクレスの『アンティゴネー』に関する理論的な文献を精読する。後半は、前半に学んだ理論的な枠組みを意識しながら『アンティゴネー』の様々な翻案を読む。
予定としては、
George Steiner, AntigonesからChapter 1. (邦訳『アンティゴネーの変貌』)
Jacques Lacan, The Ethics of Psychoanalysisから"The Essence of Tragedy."
Judith Butler, Antigone's Claim(全部:邦訳『アンティゴネーの主張』)
を前半に読み、
Cocteau, Anouilh, Brecht, Heaney, Žižekによる翻案
を後半に読むつもりである。
演習形式。2週目以降は学生の発表(25分)をもとに議論をする。
授業時の発表、および期末レポート(英語2000 words、あるいは日本語8000字)によって評価する。
基本的にpdfを配布するが、以下の本は自分で購入すること。
ソポクレース『アンティゴネー』 中務哲郎訳、岩波文庫、2014.
ブレヒト『アンティゴネ』 谷川道子訳、光文社古典新訳文庫、2015.
Slavoj Žižek, Antigone. London: Bloomsbury, 2016.
その他、英語で読む文献の日本語版などは、自分で入手すること。
S. E. Wilmer and Audrone Zukauskaite (eds.) Interrogating Antigone in Postmodern Philosophy and Criticism. Oxford: Oxford University Press, 2010. ただし、購入する必要はない。
日本語訳のない文献も読むので、英語で批評や文学を読む力の乏しい受講生は難しく感じるだろう。